強磁性体試料のTEM観察について — 注意点と当室の対応方針

強磁性材料のTEM観察に関するご相談を多くいただいています。磁性体試料の観察については、装置保護の観点から原則お断りしている機関も少なくありません。装置を保護する観点からは合理的な判断であり、妥当性のある対応です。

一方で、研究上磁性体試料の観察が必要であるにもかかわらず、他機関での対応が得られず当室に相談される利用者も存在します。当室では、そうした経緯で持ち込まれた試料についても対応してきた実績があります。

当室は、適切な注意と準備を前提として、強磁性材料の観察に対応可能と考えています。装置損傷のリスクを完全に排除することはできませんが、それでも実施すべき研究があることも事実です。共用施設として、リスクを理由に一律にお断りするのではなく、リスクを正しく理解した上で対応できる体制を整えることが当室の役割であると考えています。

ただし、これは無条件の受け入れを意味しません。以下の内容を正確にご理解のうえ、必要な準備・申告を行っていただくことを前提とします。

1. 想定されるトラブル

TEMの対物レンズは、試料位置において2T程度の強い磁場を形成しています。強磁性試料はこの磁場中で磁化し、以下のようなトラブルにつながることがあります。

  • 磁気力により試料が移動・傾斜・変形します
  • 固定が不十分な試料はホルダから脱落します
  • 磁気力により、ホルダのYチルトが設定値からずれます
  • 脆性の高い試料は、磁気力自体、または脱落時の衝撃により破損します
  • 脱落した試料が対物レンズ等に磁気吸着・衝突し、付着したままとなります
  • 付着した磁性体により対物レンズの磁場分布が乱れ、性能(分解能等)が低下します
  • フォーカス操作(励磁量の変化)によっても磁気力が変化し、試料がさらに移動する場合があります

下の写真は、実際に脱落した試料がポールピースに吸着した実例です。衝突の衝撃により試料は破砕しています。

ポールピースギャップ内に吸着し破砕した試料片
脱落した試料がポールピースに吸着し、破砕している例

2. 発生要因

要因は、対物レンズの強磁場による試料の磁化です。磁化量は試料体積にほぼ比例するため、影響の大きさは試料の体積によって概ね決定されます。

3. 影響を低減するための対策

(1) 試料体積の低減

作製方法により、同一材料であっても実効的な体積・影響度は大きく異なります。

作製法 体積 磁気影響
電解研磨 影響を受けやすい(高磁化材料は特に注意)
イオンミリング/イオンスライサ 大〜中 同様に注意を要します
FIB 極小 ほぼ無視できます
ナノ粒子/積層デバイス中の強磁性層 極小 影響はほぼ生じません

安全性を優先する場合は、FIB加工による試料作製を推奨します。研究上バルク試料が必要な場合は、個別に検討を行います(後述のEM-002Bによる初回スクリーニングをご参照ください)。

急冷リボン等、サンプリングが容易でそのまま観察に供されることが多い試料についても、脆性が高い場合は磁気力による破損・脱落のリスクが増大するため注意を要します。

粉砕試料において比較的大きな粒子が残存する場合、当該粒子自体が対物レンズ磁場により移動することがあります。磁化が一定以上ある試料については、樹脂埋め・薄膜化により実効的な可動性を抑制することが有効です。

バルク試料の目安として、例えばFeバルクの場合、最厚部20μm程度を目標に薄膜化することが望ましいです。ただし、薄膜化した場合でも、ホルダへの固定が不十分であれば脱落・落下・吸着のリスクは残ります。

(2) 挿入前のスクリーニング

試料をホルダに取り付けた状態で、TEM挿入前にネオジム磁石を近づけ、挙動をご確認ください。容易に磁石へ引き寄せられる場合、TEM内(2T)ではより強い影響を受けることが想定されます。

(3) 挿入時の操作

磁場中で試料を大きく移動させるほど、強い磁気力が作用します。挿入時はLOWMAG(対物レンズOFF)の状態で行うことにより、影響を低減できます。

4. 申告されない脱落事例について

試料脱落は、必ずしも明確な形で認識されるとは限りません。

過去には、TEM観察時に試料が装着されていないことに気づいた利用者が、取付作業の失念と判断し、再度試料を取り付けて観察を継続した事例が確認されています。しかし実際には、初回挿入時点で既に試料が磁気力により脱落していました。

この誤認により、脱落の事実が申告されないまま実験が継続されました。後日、別のメンテナンス時にポールピースを点検した結果、大型の試料片の吸着が確認され、これが原因不明とされていたレンズ性能不安定の要因であったことが判明しました。

磁性試料の観察時に試料の装着が確認できない場合は、取付の失念ではなく磁気脱落の可能性を第一に検討し、自己判断で対応せず必ずご申告ください。

5. Yチルトの異常挙動と装置損傷リスク

磁性試料は、長手方向が磁場方向に整列する性質を持つため、意図せずYチルトが増大することがあります。この場合、TEM表示上のチルト角と実際の傾斜角に乖離が生じます。

試料取出し時、ステージ位置の表示は0度にリセットされますが、内部では物理的な傾斜が残存している場合があります。

  • ポールピースギャップが大きいTEM:ホルダを引き抜いた後も、表示上0チルトのまま試料が傾斜した状態で残存することがあります
  • ギャップが小さい高分解能TEM:ホルダを引き抜く過程でステージが対物レンズに接触し、当該接触により傾斜が強制的に解消されます。これは引き抜き動作の過程で生じるため、利用者が認識することは困難です

この接触により、対物レンズ本体の損傷、ポールピースキャップの脱落、ギャップ内対物絞りとの接触による変形等が生じる場合があります。

ホルダと鏡筒の物理的接触時にはハードリミットにより動作が停止する設計となっていますが、検出が間に合わない場合があります。これは、磁場の影響により試料ステージが想定外の位置に存在するという状況自体が、装置設計上想定されていないことに起因します。また、Y軸が磁場により通常到達しない範囲まで強制的に傾斜するため、傾斜機構自体が固着する場合もあります。

6. 当室の運用方針

磁性体試料の観察を原則お断りしている機関も少なくありません。装置保護の観点からは自然な判断ですが、当室は「適切な準備の下で対応する」という方針を採っています。そのため、磁性体試料の観察自体は禁止としませんが、以下を必須条件とします。

  • 事前の申告・検討・準備を必ず行うこと
  • これを行わずに観察を実施し、損害が生じた場合は、復旧費用の全額を請求します

単純な試料脱落であっても、対物レンズ内部へのアクセスのために鏡筒をつり上げる作業、およびその後のアライメント再調整が必要となり、200万円程度の費用およびメーカーエンジニアの確保を含め、1ヶ月単位のダウンタイムが発生する場合があります。

バルク強磁性体試料(電解研磨・イオンミリング・イオンスライサ等により作製されたもの)を当室で観察する場合は、以下の手順によります。

  1. 初回観察は全数EM-002Bを使用してください。EM-002Bはポールピース交換可能な仕様であり、鏡筒をつり上げることなくポールピースへアクセス可能なため、事故発生時の復旧を比較的低コスト・短期間で行うことができます。
  2. EM-002Bにおいて問題なく観察が確認できた試料に限り、他のTEMでの使用を認めます。

なお、EM-002Bについても無制限に使用できるものではありません。経年機であるため、鏡筒リーク(大気開放)を頻繁に行うと装置寿命が短縮します。また、メーカーによるサポートは既に終了しており、故障時はスタッフによる自主的な修理対応が必要となります。スクリーニングについても計画的に実施してください。

まとめ

強磁性材料のTEM観察においては、対物レンズ磁場による磁化が、試料の破損・脱落から装置本体の損傷まで、多岐にわたるトラブルの要因となりえます。要点は以下の通りです。

  • 可能な限りFIB加工等により試料体積を低減する
  • 挿入前にネオジム磁石によるスクリーニングを実施する
  • 挿入時はLOWMAGとする
  • 試料の装着が確認できない場合は、取付の失念ではなく磁気脱落を疑う
  • バルク強磁性試料は必ず事前申告のうえ、EM-002Bによる初回スクリーニングを実施する

ご不明な点、事前のご相談については、分析電顕室までお問い合わせください。